大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1841号 判決

控訴人 原告 植田小十

訴訟代理人 室伏礼二

被控訴人 被告 植田孝一郎

訴訟代理人 戸塚敬造

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し静岡県榛原郡相良町笠名百六十番地畑(公簿面)六畝十六歩のうち別紙図面表示の(イ)及び(ロ)の部分をその地上及び地下の工作物を収去して明け渡しかつ金十万千三百五十一円を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の陳述、並びに証拠の提出、援用及び認否は、控訴人訴訟代理人において、本件土地の番地は百六十番地であるからこの点に関する従前の主張を右のとおり訂正する、仮に本件賃貸借の目的たる土地の範囲が別紙図面表示の(ロ)の部分をも含むものであつたとしても本件賃貸借は従前主張のとおり解除により終了しているので右(ロ)の部分の明渡請求につき予備的主張として右賃貸借の終了による賃借物の返還義務の履行としてその明渡を求める。なお、農地の賃貸借の解除又は解約をなすには農地法第二十条の規定により一般に知事の許可を要するのであるが調停又は訴訟上においてこれをなすには例外として知事の許可を要しないと解すべきであるから、本件訴状をもつてなした本件賃貸借の解除については知事の許可を要しないものであると述べ、被控訴人訴訟代理人において右訂正に異議はないと述べ、当審における新たな証拠として、控訴人訴訟代理人において、甲第十六号証から第二十一号証までを提出し、当審証人植田長次郎及び桜井輝雄の各証言、当審における控訴人本人尋問の結果(第一、二回)並びに当審における検証の結果を援用し、被控訴人訴訟代理人において、当審証人植田幸作の証言(第一、二回)、当審における被控訴人本人尋問の結果並びに当審における検証の結果を援用し、甲第十六号証、第十七号証、第二十号証及び第二十一号証の成立を認め甲第十八号証及び第十九号証の成立は不知と述べたほかは、いずれも原判決事実摘示のとおりであるから、その記載をここに引用する。

理由

控訴人と被控訴人とがいわゆる本家、分家の親戚関係にあること、本件土地が控訴人の所有に属しその公簿面積が六畝十六歩であること、控訴人が昭和二十四年一月一日少くとも本件土地中別紙図面表示の(イ)の部分(以下「(イ)の部分」という。)を被控訴人に賃貸したこと及び右賃貸借は農地委員会の承認を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。

被控訴人は右賃貸借の目的たる土地の範囲は(イ)の部分のほか本件土地中別紙図面表示の(ロ)の部分(以下「(ロ)の部分」という。)をも含むものであると主張し、控訴人は(イ)の部分に限り賃貸したものであると争うので判断するに、当事者間に争いのない前記事実、成立に争いのない甲第一号証及び第三号証から第六号証まで、原審証人水野建吉、五十棲進一、小塚秀夫、原審及び当審証人植田幸作(当審は第一、二回)、桜井輝雄の各証言、原審及び当審における控訴人(当審は第一、二回)及び被控訴人各本人尋問の結果並びに原審及び当審における検証の結果(以上の各証人の証言及び各本人の本人尋問における供述中後記採用しない部分を除く。)に本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴人は静岡県小笠郡比木村居住の山本吾一が控訴人から本件土地の一部を借り受け耕作していたあとを受けて賃借するに至つたものであるが、その当時の本件土地の状況は、その北部に耕作に適しない荒地がありことに別紙図面に杉植栽部分と表示されている部分は手のつけられない状態であり該地上には桐が植えられていたり(イ)の部分に蜜柑の木が約二本また(ロ)の部分に柿の木数本(現存する)及び蜜柑の木十数本があつたりしたほか全般的にもかなり荒れておりかつゆるやかな傾斜をなしていたけれども、いわゆる一枚畑となつていて(ロ)の部分の蜜柑の株の間にまで畑地が拡がつており(イ)の部分と(ロ)の部分とが畦畔や溝で区切られたり段違いになつているというように判然と区別しうる状況ではなくまた両部分の間に杭その他の境界ひ標識も存しなかつたこと、賃貸借締結の際賃貸土地の範囲を現場で指示したこともなかつたこと、本件土地は被控訴人の居宅のごく近くに位しことに(ロ)の部分は被控訴人の物置のすぐ裏手に当るため被控訴人においてことさら(ロ)の部分を除外しその他の部分のみを借り受けるということは通常考えられないこと、このように本件土地は北部に耕作に適しない荒地があるほか全般にわたりかなり荒れていたためその全面積からの収穫がすぐには望みえない状態にあつたので、小作料を算定するのに本件土地の公簿上の全面積六畝十六歩を基本とするのが不適当であつたところから小作料は五畝分だけとすることと取りきめ、小作料算定の基礎たる面積とするという趣旨で、本件賃貸借の契約書たる「小作契約書」(甲第六号証。なお、甲第一号証は右契約書の全文を引用した農業委員会長の証明書)には本件賃貸借の目的たる土地として本件土地の地番地目を表示した上面積欄にはじめ公簿上の面積たる六畝十六歩と記載したのを抹消して五畝と記載したこと、右契約書による本件賃貸借は旧農地調整法による農地委員会の承認を受けたこと、被控訴人が耕作をはじめるに当り控訴人は被控訴人の耕作の便宜を考え(ロ)の部分の南部の蜜柑のうち若木の一部を他へ移植しその余はこれを適宜処分するよう被控訴人に告げたこと、控訴人と被控訴人とは地主対小作人という立場の相違からの利害の対立があつたところ、被控訴人が昭和三十二年春控訴人の承諾を得ないで(ロ)の部分の南西隅に水槽を造り水源の井戸から(イ)及び(ロ)の部分の西部を通ずる水道管を設けて給水設備をしたことに対し控訴人が被控訴人に抗議を申し入れて以来当事者間に争いが絶えずついに本訴提起をみるに至つたのであるが、このように相互の利害が対立し後に紛争が表面化し深刻となつた過程において、控訴人ははじめの間は賃貸土地の範囲が本件土地中五畝又は(イ)の部分に限るものであるということを被控訴人に通告したことなく昭和三十二年中はもつぱら右給水設備の撤去を求めていたのであつて賃貸土地の範囲の問題を持ち出すようになつたのは昭和三十三年になつてからのことでありしかも本訴提起前は単にその範囲は五畝であるといつていたのにとどまり本訴になつてはじめてその範囲は(イ)の部分五畝であると明確に主張するようになつたこと等の各事実を認めることができる。前記各証人の証言及び各本人の本人尋問における供述中には、右認定に一部抵触する部分があるけれども、これらはいずれも右認定に照らし採用することができず、ほかには右認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定の各事実に徴すると、本件賃貸借の目的たる土地の範囲は(イ)の部分のほか(ロ)の部分をも含むものであり、右賃貸借は農地委員会の承認を受け有効に成立したものであることを認めるに十分である。

ところで控訴人は本件訴状をもつて被控訴人に対し本件賃貸借を解除する旨の意思表示をした旨主張するので判断するに、控訴人が右解除の意思表示をしたことは本件記録上明白であるけれども、農地法第二十条第一項によれば、農地又は採草放牧地の賃貸借の当事者は知事の許可を受けなければ賃貸借の解除解約、合意解約又は更新拒絶をすることができず、これに対してはわずかに民事調停法上の農事調停による合意解約につき右許可を要しないという例外があるにすぎず、また、同条第五項によると、右許可を受けないでした行為はその効力を生じないのであるところ、控訴人の前記賃貸借の解除については知事の許可を受けていないことは当事者間に争いがないから、右解除の意思表示は無効と解するのほかはない。もつとも、この点につき農地の賃貸借をとくに訴訟上解除する場合には知事の許可を受けることを要しないとする見解もあるけれども、右見解は当裁判所の採用しないところである。

したがつて、本件賃貸借は未だ存続中であり、被控訴人は賃借権に基き本件土地中(イ)及び(ロ)の部分を占有する権限があるものといわなければならない。よつて、被控訴人に対し、(イ)の部分については賃貸借終了を原因とし(ロ)の部分については所有権又は賃貸借終了を原因としてそれぞれ地上地下の工作物を収去してこれを明け渡すべきこと及び(ロ)の部分につき被控訴人の占有により控訴人の使用収益が妨げられたことを理由として所有権に基き損害金九万八千六百円を支払うべきことを求める控訴人の各請求は理由がない。

次に、控訴人の延滞小作料の請求につき判断する。控訴人は、本件土地のうち(イ)の部分に対する延滞小作料を請求し、その小作料の年額は当初金十八円七十銭であつたところ昭和二十五年一月一日以降は金三百円に昭和三十年一月一日以降は金四百十一円にそれぞれ増額された旨主張するところ、前記甲第六号証(甲第一号証)には本件賃貸借につき面積五畝に対する契約当初の小作料が一箇年金十八円七十銭であることがまた成立に争いのない甲第十四号証には同じく面積五畝に対する昭和三十三年十一月七日現在の小作料が一箇年金四百十一円であることがそれぞれ記載されており、この点控訴人の右主張に一部符合するようであるけれども、前記認定のように面積五畝というのは本件賃貸借の小作料算定の基礎として当事者間で取りきめた面積数にすぎず具体的な土地の範囲とは直接関係のない数字であるから、右甲号各証に記載された小作料の年額が本件土地のうち(イ)の部分のみに対するものであると認めることはむずかしくほかには控訴人主張の各時期における各小作料額が(イ)の部分に対するものであるという事実を認めるべき信用すべき証拠はない。一方右各時期における各小作料額についての控訴人の主張に対しては、それが(イ)及び(ロ)の部分すなわち賃貸土地全部に対するものである限度において被控訴人もこれを認めるところであり、かつ賃貸土地全部の小作料額が右の額をこえることを認めるべき証拠はないから、結局、(イ)の部分のみの小作料額は右賃貸土地全部の小作料額からその面積の比率により算出すべきものといわなければならない。ところで、被控訴人の小作料請求権は(イ)の部分及び(ロ)の部分に対するものを通じすべて弁済供託により消滅したと主張するので、(イ)の部分の小作料額を算出することはしばらくおき、被控訴人の右主張につき判断するに、成立に争いのない乙第一号証及び第三号証、供託官吏作成部分の成立に争いなく原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によりその余の部分の成立を認めることができる乙第二号証、原審及び当審証人植田幸作(当審は第二回)及び植田長次郎の各証言並びに右被控訴人本人尋問の結果(以上の各証人の証言及び本人の本人尋問における供述中前記採用しない部分を除く。)に本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴人は、昭和二十八年十二月ころ一箇年金三百円の割合により賃借当初から昭和二十八年度分までの小作料(賃貸土地全部に対するもの。以下とくに示さない限り同じ。)を控訴人宅へ持参しその母に交付したところ後に控訴人から右小作料は受け取れないといつて返還してきたので、昭和二十九年七月十五日昭和二十三年から昭和二十八年までの小作料として一箇年金三百円の割合による合計金千八百円を所轄供託所に弁済供託したこと、そのころから控訴人と被控訴人とは他に感情のもつれもあつて互に反目しあい親戚づきあいをやめていたくらいで被控訴人において爾後の小作料を提供しても控訴人がこれを受領しないことが明確であつたので、被控訴人は、昭和三十二年十二月二十七日昭和二十九年度分の小作料として金三百円、昭和三十年及び三十一年度分の小作料として一箇年金四百十一円の割合による計金八百二十二円以上合計金千百二十二円を前同様弁済供託し、その後控訴人は本訴を提起し(イ)の部分しか賃貸していない旨主張したので(イ)及び(ロ)の部分全部の小作料として弁済の提供をしても控訴人がこれを受領しないことが明確であつたから、被控訴人は昭和三十三年六月二十一日昭和三十二年度分の小作料として金四百十一円を前同様弁済供託したこと等の事実を認めることができる。この認定に抵触する原審及び当審における控訴人本人尋問の結果(当審は第一、二回)は、信用することができず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。そうすると、被控訴人の右弁済供託はそのなかには本件賃貸借成立前の分や前記小作料額を超過する分が含まれているけれどもこれを除くその余の部分は有効な弁済供託であるから、控訴人が延滞ありと主張する期間の小作料は(イ)の部分に対するものたると(ロ)の部分に対するものたるとを問わず全部右弁済供託により消滅したことが明らかである。したがつて、(イ)の部分のみの小作料額を算定するまでもなく、控訴人の延滞小作料の請求は理由がない。

以上のとおりであるから、控訴人の本訴各請求は全部失当として棄却すべく、これと同趣旨に出た原判決は正当であるから民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川喜多正時 裁判官 小沢文雄 裁判官 賀集唱)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例